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泣かないで

イントロダクション

芥川賞をはじめ多くの文学賞を受賞した遠藤周作氏によって、昭和38年に書かれた「わたしが・棄てた・女」。“無償の愛”を描いた名作として、発表されてから40年以上経った今も、多くの人に愛されている小説です。 「泣かないで」は、重厚なテーマの原作を、ダンスミュージカルという切り口で見事なエンタテインメントに仕上げました。音楽座ミュージカルの中でも、最も多くの演劇賞を受賞している作品です。初演当時、原作者の遠藤氏は、「このミュージカルならば、外国で演じても人気を得るだろう」と絶賛されました。 「泣かないで」というタイトルは、ナチスのユダヤ人収容所に収監された少女がガス室に入れられる直前に、「ママ、泣かないで」という言葉を書き残したという逸話から。究極のときに自分以外の人を思いやれる心は、この作品の主人公森田ミツと同じだという思いで名づけられました。

ストーリー

物語の舞台は、戦後間もない東京――。
街は復興のエネルギーに満ちていた。貧しい大学生の吉岡努は、ある日、雑誌の文通欄で知り合ったクリーニング工場の女子工員、森田ミツとデートをする。大学生とのデートに胸をときめかせるミツ。しかし、吉岡は、ただやるせない気持ちのはけ口が欲しいだけだった。 ミツと一夜を共にした吉岡は、その後下宿を引き払い、姿をくらませる。


そんなことを知らないミツは、吉岡と会う日に着ていくことを夢見て、カーディガンを買うために残業に励んでいた。 やっと手にした給料袋を握りしめて店に出かけるミツだったが、酒と博打に溺れる工員の田口が生活費のことで女房と言い争う場面を偶然に目撃してしまう。目をそらし通り過ぎようとするミツの心に、女房に背負われている赤ん坊の泣き声が突き刺さる。結局ミツは、残業で稼いだ金を田口の女房に差し出してしまうのだった。


一方、大学を卒業し、小さな会社に就職した吉岡は、社長の姪である三浦マリ子に思いを寄せるようになる。社員たちが帰った夕暮れのオフィスで話したのをきっかけに、吉岡とマリ子は急速に親しくなっていく。マリ子と映画に行く約束を取り付けた吉岡は、幸せな気分にひたりながら雨の街を眺めていた。 そんな時、急にミツの面影がよぎり戸惑う吉岡。


同じ頃、大学病院の窓から吉岡と同じ鈍(にび)色の空を見つめているミツの姿があった。手首にできたアザを検査してもらったミツは、医師からハンセン病という宣告を受ける。富士山の麓にある復活病院。それは世間からうとまれ、死を待つだけのハンセン病患者たちが集められる病院だった。


さいなら、吉岡さん…。


吉岡の思いを断ち切るように、ミツは竹林に囲まれた復活病院の門をくぐっていった。

受賞暦

1994.5
第四回グローバル舞台賞(音楽座)
主演/今津朋子、第四回グローバル舞台賞
1995.2
第二回読売演劇大賞優秀作品賞
主演/今津朋子、第二回読売演劇大賞優秀女優賞
装置/朝倉摂、第二回読売演劇大賞最優秀スタッフ賞
照明/服部基、第二回読売演劇大賞優秀スタッフ賞
1998.2
第五回読売演劇大賞優秀作品賞
主演/今津朋子、第五回読売演劇大賞優秀女優賞
照明/服部基、第五回読売演劇大賞優秀スタッフ賞

スタッフ

原作 遠藤周作 (「わたしが・棄てた・女」)
脚本・演出 ワームホールプロジェクト
エグゼクティブプロデューサー
 &クリエイティブディレクター
相川 レイ子
音楽 井上 ヨシマサ ・ 高田 浩
振付 杏奈 ・ 畠山 龍子
美術 朝倉 摂
衣裳 宮本 宣子
照明 山口 暁
音楽監督 高田 浩
歌唱指導 桑原 英明
音響 小幡 亨
舞台監督 高瀬 洋
製作著作 ヒューマンデザイン
花時計「日本のミュージカルの進展」 遠藤周作
産経新聞 1994年 5月11日(水)

「自らの原作がテレビや映画になった時は、正直、いつも不満が残るのが常だった。そのうち、私は諦めの気持で、家風のちがった家に娘をやるのだ、家風が違うのだから仕方がない、と思うようになった。しかし今度、拙作「わたしが・棄てた・女」をミュージカルにした音楽座の『泣かないで』を観て、私は驚き、悦び、大変に満足した。不勉強なため、私はこの「音楽座」という劇団のものを一度も見たことはなかった。ミュージカルについては他の劇団のものを観るにつけ、「日本ではミュージカルは育たない」と友人の故・ハロルド・ロームの言っていた言葉を観劇のたびに思い出していたものである。

 

しかし今度の『泣かないで』の舞台を観ながら、私は「日本のミュージカルもここまで来たのか」と同行の友人たちに囁いた。まず脚本のよさ。原作者の私が言うのはおこがましいが、要所、要所をひきしめた間のとり方には実に感心した。舞台がハンセン病の病院という辛い背景にかかわらず、決して場面を重苦しくせず、そのため見る者をして疲れさせない。とりわけ、主役の森田ミツを演ずる今津朋子の演技は、原作者が小説を書いていた折に抱いたイメージをそのまま演じていて、この女優が並々ならぬ器であることを感じさせた。その他、全員のダンス、歌は訓練の成果であろうか、みごとなもので米国のミュージカルに比べて、遜色がまったくない。

 

原作の「わたしが・棄てた・女」には、実際上のモデルがいる。その人はピアニストを志す女性だったが、ハンセン病と誤診されて一度は御殿場の病院に入ったものの、誤診とわかったあとも病院に戻り、生涯を看護に捧げた人である。大学の頃、二度ほどこの病院を訪れた私はこの話に大いに感動して、いつか作家になったらば、これを小説にしたいと考えていた。 まだ三十代の頃の作品であるため、若書きの欠点はあるが、このミュージカルはそれらの欠点を補ってくれて、原作者を大いに満足させてくれた。このミュージカルならば、外国で演じても人気をえるだろう。 幸い、今月、ロンドンで「わたしが・棄てた・女」の英訳が出版されるので、もし原作の評判が悪くなければ、是非、音楽座のロンドン公演が実現すればいいと願っている。

 

それにしても、若い世代のリズム感覚はすばらしいものだ。そう舌を巻かざるをえないほど、出演者のダンスは素晴らしい。 朝倉摂さんの装置は重層的で、さすがと思わせるものである。それと照明。「日本のミュージカルもここまで来たのか」と私が感嘆した気持は、これを御覧になった方ならば賛成してくれるであろう。いずれにせよ、原作者を悦ばせるミュージカルを演じてくれた音楽座について先にも書いたように私は予備知識がなかった。だからミュージカル化の話があった時も、それほど乗り気ではなかったのだが、今度の『泣かないで』を見て、私の好きな森田ミツが舞台で生きているのを知って、その夜は非常に幸福な気持で自宅に戻ったものである。 原作者が言うのも何だが、一見に充分値するミュージカルである。まだ御覧になっていない方は是非、見て頂きたい。」